逆解析への招待


逆解析の地盤工学への適用に関する委員会




目 次

1. はじめ

2. 順問題から逆問題へ

3. 解ける問題,解けない問題

4. 非適切性とその対処

5. 地盤工学における展開例

6. 今後の展望

7. おわりに






1. はじめに

 地盤工学における逆解析手法は,有限要素法や境界要素法などの数値解析法の発達に伴い,施工計測を基に解析パラメータを同定し,将来の挙動予測に用いるなど,さまざまな問題に適用されている.従来から,調査・試験・計測データと,設計に供する数値解析を行う際の入力パラメータとの間には,ギャップが存在してきた.ことに弾塑性パラメータや境界条件の決定,浸透問題における透水性の評価,および不均質地盤の表現やマクロに現われる異方性の評価には不確実性がつきまとう.そのため同じデータを用いても,技術者ごとに解析結果が異なることがあり,現場計測結果の合理的解釈が不可欠である.

 本研究委員会では,逆解析で重要な解の非適切性などに焦点を当て,適用上の問題点を整理し,地盤工学に対する適用について研究を進めてきた.平成6年4月〜平成9年3月にわたる活動は,基礎的な問題から研究を行うとともに,土質調査から数値解析・設計計算を通じて合理的なSoil profile評価の確立を目指している.ここでは,簡単に活動内容を紹介する.まず,インターネットの積極的な活用により,連絡事項の事務的負担や打ち合わせの軽減をはかった.特に,基礎的な問題を討議するワーキンググループでは,「材料力学における逆問題」の付録Aや「土と基礎」の講座「地盤工学における逆解析」を題材に,電子メールを用いたQ&Aを行い,会議を開催することなく逆問題の非適切性や地盤工学特有の問題について活発に議論してきた.また,公開できる計測データなどはインターネットを通じて誰でもファイル転送できるようにし,委員が研究に使用しやすくしている.さらに逆解析コロキウムと称して,話題提供を研究委員会内外の講師により行うミニシンホジウムを開催し,「土と基礎」の会告に載せ,外部からの参加・聴講を自由にした.表1に話題および講師を示すように,通算10回を数えている.また,勉強会は表2に示すように2回実施し,深夜まで白熱する討議を行った.これらの活動の成果は,地盤工学研究発表会におけるポスターセッションやディスカッションセッションによる中間発表,さらには「地盤工学における逆解析の適用と施工管理に関するシンポジウム」で最終報告を行った.

 本報告では,逆解析とは何かということから,地盤工学における逆解析の現状紹介,さらに残された問題についてまとめたものである.

表1 逆解析コロキウム
開催日 話題および講師
第1回
 (1994年8月3日)
・情報化施工のための逆解析の利用(進士正人)
・なぜ地盤工学では逆解析が難しいか?(本城勇介)
第2回
 (1994年11月14日)
・山留め掘削工事の情報化施工における逆解析の適用性と問題点(斉藤悦郎)
・確率特性を考慮した逆解析(山口栄輝)
第3回
 (1995年1月25日)
・逆解析の基礎理論と地下空洞掘削への適用(吉田郁政)
・干拓地軟弱地盤における沈下予測への逆解析の適用例について(西村伸一)
第4回
 (1995年5月23日)
・拡張カルマンフィルタによる透水係数の空間分布推定と地下水流動の将来予測
 (奥野哲夫)
・カルマンフィルタを用いた構造動特性および入力地震動の逆推定
 (清野純史: 山口大学・土木)
第5回
 (1995年8月21日)
・ABICの背景とその応用(柏木宣久: 統計数理研究所・数学)
・実構造物の施工管理(森川誠司)
第6回
 (1995年11月6日)
・弾性支持された建築構造物の設計力学(竹脇 出: 京都大学・建築)
・切土斜面と地下空洞における逆解析の適用(壷内達也)
第7回
 (1996年1月24日)
・非等方弾性方程式に対する境界値逆問題について(田沼一実: 大阪教育大学・数学)
・土留め計測管理における逆解析(酒井邦登)
第8回
 (1996年4月19日)
・原位置透水試験による地盤の浸透特性値の算定方法 (竹下祐二: 岡山大学・土木)
・土被りの薄い土砂地山におけるトンネル並設の影響予測(寺本 哲)
第9回
 (1996年12月9日)
・蒸発量とvan Genuchten式を用いた岩石の不飽和特性の同定 (今井 久: ハザマ)
・トンネル内空変位を用いた解析パラメータの同定法
 (吉田秀典: 千葉工業大学・土木)
第10回
 (1997年3月28日)
・先験情報を用いた杭基礎の水平地盤反力係数分布の同定(大谷 順)
・境界要素法を用いた腐食問題に対する逆問題解析(天谷賢治: 東京工業大学・機械)



表2 勉強会
開催日 話題および講師
第1回
 (1995年4月21日〜22日)
・逆解析の成功例と失敗例(荒井克彦)
・逆解析における非線形問題の取扱について(芥川真一: 神戸大学・土木)
・等価介在物を用いた物性の逆解析法(堀 宗朗)
第2回
 (1996年9月19日〜20日)
・線形逆散乱解析 −理論と実験−(広瀬壮一: 岡山大学・土木)
・あいまいな先験情報を利用した逆問題解析(青木 繁: 東京工業大学・機械)




2. 順問題から逆問題へ

 逆問題とは何かということを理解をする場合には,まず順問題について考えてみるとよい.今,順問題を原因(または入力)から結果(または出力)を求めることと定義すれば,逆問題はそれとは反対に,結果(出力)から原因(入力)を求める問題である.一般に言われる「逆解析」という言葉は,この逆問題を解析するということになる.では,逆解析はなぜ順解析に比べて難しいのであろうか.これを説明したものが図1である.一般に,数理モデルの挙動(出力)を示すためには,入力は1つではなく,いくつかの入力がわかっていることが必要となる.これらの入力を数理モデルに導入して結果を得る解析が順解析である.これに対して,その逆つまり,出力としての挙動を計測し,この計測結果より,原因の中の未知である1つの入力(たとえば地盤物性)を求める問題が逆問題である.しかしこの場合に,計測データに誤差を含んでいるとしたら得られる推定値の信頼性は期待できない.また,地盤工学の問題では,出力(ここでは,観測する変位)の数と推定する入力パラメータの数が等しい場合は稀であり,これらの数が異なる問題がほとんどである.このような状況が逆解析を難しくしていると言える.

 次に,どのような逆問題があるのかということであるが,地盤工学で実施されている逆解析は,図1の例のように地盤物性を推定する問題が多い.しかし,工学で扱われている逆問題としては,図1で示した入力の中の境界条件あるいは初期条件を求める問題や場に作用している外力を求める問題,その他,領域や境界の形状を求める問題や場の支配方程式を求める問題もある.また,逆解析は用いた数理モデルに依存しているため,広く数理モデルの最適化ということも含めた逆解析が考えられる.最終的には,逆解析を実施するのに一般的な方法はなく,問題やその数理モデル,さらに計測データにあわせて,見通しのよい方法を使って行くことになる.

fig.1
図1 順解析と逆解析




3. 解ける問題,解けない問題

 今,原因である未知パラメータ x (n×1)があり,結果の観測データy (m×1)との関係が,次の観測方程式で表されるものとする.

     y = A x  ・・・・・ (1)

ここに, A:観測行列(m×n)である.観測方程式について,未知パラメータ数nと観測データ数mの大小関係から次の3つの場合に分けて考える.Case 1 (m > n)のように観測データ数mが未知パラメータ数nより多くなると,観測方程式のすべての条件を満たす解を求めることができない.m = 3,n = 2の場合を例にとると,図2に示すように観測方程式は3本の直線で表現できる.また,Case 2 (m = n)のように観測データ数mが未知パラメータ数nが等しい,すなわち観測行列が正則で逆行列が存在すると,次のように求められる.

     x = A-1 y  ・・・・・ (2)

 n = 2の場合には,図2に示すように観測方程式は2本の直線となる.解である未知パラメータはこれらの交点であり, x = (x1, x2)Tとなる.さらに,Case 3 (m < n)の場合は,解が不定になる.n = 2の場合は,図2に示すように観測方程式は1本の直線となり,その線上ではすべて観測データを満たすことになる.

 このように,観測行列Aが正則でなければ,yが得られたとしても簡単にはxが求められないことがわかる.逆解析がうまくいかない場合には,使用しようとする数理モデルと観測データでは,

などがある.このような場合は,逆問題が数学的に非適切(ill-posed)な問題と呼ばれている.

fig.2
図2 未知パラメータと観測




4. 非適切性とその対処

 一度数理モデルを選定すると,非適切性は逆問題に特有なものになる.したがって,逆問題自体,すなわち数理モデルを変更しない限り,非適切性を除くことはできない.このような逆問題を解くために,さまざまな工夫がこらされている.ここでも線形モデルの観測方程式y = A xを考えてみる.適切化の方法は,大きく分けて以下に示す2つの方法があると考えられる.

  1. 観測方程式での観測行列について,逆行列が存在するように数学的な操作をする.
  2. 未知パラメータである解空間の範囲を小さくさせる.

 a.については,逆行列が存在するように行列を変えることである.これには大きく分けて2つの方法がある,ひとつは,観測行列を正則化させる方法であり,もうひとつは直接的に逆行列を求める方法である.前者は特異値分解に代表され,後者は逆行列に類似性をもった一般化逆行列を求めて 解を得る方法である(代表的な一般化逆行列としては,反復型一般化逆行列・ノルム最小型一般化逆行列・最小二乗型一般化逆行列がある).これで,逆解析と線形代数学が深い関わりがあることが理解いただけたのではないだろうか.

 b.については,たとえば,図2のCase 3では,直線上が解空間になることを説明したが,この問題にある先験情報(事前情報)の直線を1本加えると,Case 2のように解が得られることになる.また,未知パラメータの確信度を先験情報として,緩い拘束条件を目的関数に加える方法もある.これが,今日逆解析で広く用いられているベイズ理論やこれに時間更新アルゴリズムを加えたカルマンフィルタ理論の適用につながるのである.また,これらはb.の場合だけかというとそうではなく,a.の場合においても,先験情報に相当する新たな行列を加えることで,その適切化が行われる場合(たとえばテイホノフの適切化)があり,そういう意味で非適切性の適切化には先験情報が大きな役割りをすると言える.

 次に,計測データと数理モデルの誤差を最小とする規範(目的関数)から種々の手法を眺めてみよう.図3に多く用いられている最小二乗法やカルマンフィルタの位置付けを表わしているが,ここでは先験情報を含んでいる手法がベイズ推定法となる.繰り返すが,逆解析では普遍的に成功する手法というのは存在せず,問題ごとに,また用いた数理モデルごとに対処が異なることを特に強調したい.よって,非適切性が起こらないような数理モデルを選定することは,逆解析の理想と言える.

fig.3
図3 逆解析手法





5. 地盤工学における展開例

 地盤工学における逆問題に関する研究は,粘弾性地山のトンネル周辺に生じるクリープ変位の測定結果から,地山の初期応力および粘弾性パラメータを求めるところから始まった.この後,コンピュータの発達を背景に有限要素法に基づいて,地盤や岩盤の計測データから物性値を推定しようとする研究が行われるようになってきた.本研究委員会では中間報告にもまとめたように,山留め・根切り,トンネル・地下空洞,斜面,盛土,基礎,地下水,地震動などにわかれ,以下のような目的で研究が進められてきた.

 地盤工学の逆解析が難しい理由は,構造物のスケール,地盤の不均質性,モデルの複雑さに比べて,計測データが少なかったり,限定された位置でしか計測できなかったり,条件が類似している計測データしか得られていないなどの点が挙げられる.各問題についてすべて紹介することはできないので,ここでは盛土,地下水とトンネルについてまとめる.

 盛土の逆問題は,地盤の変形や間隙水圧を計測して,弾性係数や透水係数などを推定することにある.この問題では,計測データとパラメータが非線形の関係がある.間隙水圧などの大きな計測誤差に加え,Taylor展開など線形化によるモデル誤差も無視できない.一般に,土は弾塑性構成式で記述されることが現実に即しているが,地盤変形から弾塑性パラメータを推定する良い手段はほとんどない.この理由は,弾塑性挙動が載荷経路に依存するため,ある時点と場所での変形を表わす初期応力状態と弾塑性パラメータを唯一に特定できないことによる.そのため,非線形弾性モデルのパラメータを推定する方が容易である.もう少し単純に線形弾性モデルを用い,地盤の安定性を評価することにより,施工管理を行う研究もある.また,このような圧密沈下の時系列データを,1次元放物線型偏微分方程式の解により構築される自己回帰(AR)モデルで記述し,そのパラメータを推定することにより最終沈下量を予測することも行われた.

fig.4
図4 盛土基礎の計測



 地下水の問題では非常に広い解析領域の中で不均質な材料が分布しているため,求めるべきパラメータが多くなる一方,水位を計測する井戸の数や場所に制約を受けている.他の分野に比べて早い時期に逆解析の困難に対し種々の工夫が試みられており,これらは論文や書物にまとめられている.計測データが多く取られ,解の存在性が問題となる場合には,計測データと解析結果の誤差二乗を最小とするようにパラメータを推定する最小二乗法が多く用いられている.さらに,誤差の正規性の条件をはずした最尤法(Maximum Likelihood)も用いられてきた.しかしながら,上記に述べた困難さである解の一意性や安定性が解消されないことから,パラメータ自身にも条件を付加し,観測行列を正則化することが考えられた.この方法は,ベイズ推定やカルマンフィルタは先験情報により,統計的にパラメータに拘束条件を与え,適切化をはかろうとするものである.その後,領域分割のモデル選択に対して尤度を用いた赤池情報量基準(AIC)により最適化が行われた.近年では,ベイズ推定などの先験情報が客観的ではないという批判に対し,計測データのトレードオフするような赤池ベイズ情報量基準(ABIC)に基づく拡張ベイズ法が提案され,パラメータ推定と同時に最適モデル選択も解決された.

 トンネルについては,古くから逆解析の必要性が主張され,実用化がもっとも進んだ分野かもしれない.盛土と同じ様な非線形な問題を引きずり,ゆるみ領域の推定をはじめ,変形予測や安全性評価などへの適用が研究されてきた.近年では,各有限要素の非弾性ひずみを未知パラメータとするような解の一意性のない非適切な問題に対して,ノルム最小化規範を導入する研究もなされている.

 このほか,ここでは紹介できないが地盤工学ではいろいろな構造物に逆解析が適用されており,有用性が認められてきた.逆解析で重要なことは,なんども述べているが数理モデルを選択した後のパラメータ推定であるから,複雑なモデルから単純なモデルのどれを選択するかは計測データの量や条件から検討することである.すなわち,良質なデータが十分に与えられたら複雑なモデルを用いてもよいが,そうでないときは無理に使わない方がいいということである.



6. 今後の展望

 地盤工学における数値解析技術の近年の発展には目覚ましいものがある.数値解析が対象とする問題は,地盤や岩盤の変形問題や地下水の浸透問題,そしてその連成問題等多岐にわたっている.複雑な現象に関わる問題に応じて,解析手法も積極的に提案・整備されており,いろいろなレベルにおいて実用化が図られている.数値解析が道具としてのより広く用いられるためには,数値解析に入力する地盤物性や地盤・岩盤の状態のパラメータをいかに正確に推定するかが決定的な鍵を握る.逆解析手法が現場での入力パラメータを得るための切り札となりうることは疑いのないことである.しかし,これには解析手法の開発・整備のみでは限界があり,計測手法もこれに合わせて改良・開発を図るべきことを強調したい.

 現在まで,逆解析手法の研究は「非適切な逆問題をいかにうまく解くか」ということに関心が払われてきた.結果に関する不十分なデータから相当の精度で原因を推定できる場合があるため,計測の重要性がやや軽視されてきたきらいも否めない.その一方で,地盤工学においては計測と解析とのバランスをとることの重要性が議論されつつあり,先駆的な研究も行われている.諸般の理由からデータの質と量が限られてしまう地盤工学の逆問題では,他の分野に比べて計測と解析のバランスをとることがより切実に要求されることは確かである.

 非適切な逆問題を解く逆解析手法がある程度の完成をみつつある.この成果を活かして,逆解析の大きな適用先である数値解析の入力パラメータの同定という目標を達成するためには,もう一つ上の逆解析を行う必要が感じられる.この逆解析は,逆問題自体を変えてより適切な問題に設定し直してしまうことである.具体的には「入力パラメータを得るためにはどのような計測をすべきか」という問いに答えを与えるものである.これには計測手法のみならず数値解析手法との連携も必要であり,決して容易な問題ではない.しかし,計測が限られてしまう地盤工学において,数値解析の実務での重要性が今も増大するのであれば,この問いにきちんと答えることは不可欠であろう.



7. おわりに

 本報告は逆解析の地盤工学への適用に関する研究委員会の活動についてまとめたものである.詳細な内容は6月に行ったシンポジウム論文集に掲載してあるので,参照されたい.なお,本研究委員会は太田委員長,村上幹事長をはじめとする表3に示すように総勢30名の委員で構成された.最後に,地盤工学会調査部の方々や本研究委員会に協力していただいた方々に感謝する次第である.

表3 委員一覧
メンバーおよび所属(敬称略,順不同)
太田秀樹 (金沢大学),村上 章 (京都大学),鈴木 誠 (清水建設),荒井克彦 (福井大学),大谷 順 (熊本大学),酒井邦登 (東急建設),清水則一 (山口大学),進士正人 (応用地質),本城勇介 (岐阜大学),諸戸靖史 (八戸工業大学),吉田郁政 (東電設計),石原克治 (日建設計),伊藤政人 (大林組),大谷義則 (ヒロセ),斎藤悦郎 (フジタ),阪上最一 (基礎地盤),滝 昌和 (復建調査設計),壷内達也 (東急建設),寺本 哲 (大成建設),中村 晋 (佐藤工業),平井芳雄 (竹中工務店),山口栄輝 (九州工業大学),大石雅彦 (白石),奥野哲夫 (清水建設),小島謙一 (鉄道総研),西村伸一 (岡山大学),長谷川 明 (八戸工業大学),古川 毅 (日本構造橋梁),堀 宗朗 (東京大学),森川誠司 (鹿島建設)



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(Last modified : Mar 1, 1997)